測量会社勤務から25年かけて松の専門家になった一関樹木メンテナンス代表のプロフィール。失敗と経験から学んだ松への向き合い方・仕事へのこだわりを率直にお伝えします。
はじめに:「松の専門家」は、最初から松のプロではなかった
このサイトをご覧いただいている方の中には、
「松の剪定をこの人に頼んでいいのか」
「本当に信頼できるのか」
と気になっている方もいると思います。
まずこのページでは、私がどんな人間で、どんな経緯で今の仕事をしているかを正直にお伝えします。
格好いい経歴ばかりを並べるつもりはなく、失敗したこと・悩んだことも含めて、できるだけ素直にお話しします。
ひと言で言うと、私はもともと庭師でも造園家でもありませんでした。
測量の仕事を12年続けた後に「ゼロから」庭師の道に入った、完全な転職組です。
その後25年近くをかけて、今は岩手県一関市を中心に「松の専門家」として活動しています。
私のプロフィール:測量から庭師へ、完全なゼロからのスタート
まず数字で見る私の経歴
現在58歳。庭師歴は25年近く。
そのうち松の専門家として集中的に活動を始めてから20年以上が経ちます。
最初の12年は造園とは全く関係のない測量の仕事をしていました。
測量会社で12年:庭師への転身のきっかけ
20代から測量会社に勤め、12年間この道で働き続けました。
測量の仕事はフィールドワークが多く、野外で働くことへの慣れと、土地・地形への感覚を養った時期でもあります。
しかしその会社では色々なことがあり、退職することになりました。次に何をするか?そう考えた時に頭に浮かんだのが「庭木」でした。
測量の仕事を通じて様々な土地・庭を見てきた中で、自然といつの間にか庭木が好きになっていたのです。「植物の世界で働きたい」という気持ちが自然と生まれていました。
造園会社に入社:全くのゼロからのスタート
庭師の道を志すために、造園会社の門をたたきました。
当然、植木の剪定知識も造園の技術も全くのゼロからのスタートです。
20代から30代で造園会社に入るなら「若さ」という武器がありますが、私は30代半ばでの転職です。同期には若い職人も多く、体力面でも技術面でも追いつくために必死でした。
庭木が好きになっていた時期だったので、嫌なことにも耐え、ケガをしながらもスキルを磨き上げました。
この「ケガをしながら」という言葉は比喩ではありません。
剪定の作業では三脚からの転落・高所での不安定な姿勢・重い道具の扱いなど、肉体的なリスクが常にあります。それでも続けられたのは、作業を終えた時の達成感と、庭木への愛情があったからだと思います。
独立:がむしゃらにやったらあっという間に20年が経っていた
造園会社で数年を経て独立しました。
独立してからはがむしゃらにやってきたために、周りも見えずにあっという間に20年以上が経っていたのです。
振り返ってみると、この20年で様々なお客様の様々な松と向き合ってきました。個人宅の庭の松から、お寺・官公庁の大型松、そして岩手県指定天然記念物の笠松2号木・3号木の治療まで。一本一本の松と向き合いながら、少しずつ「松のことがわかる人間」になってきた感じがします。
失敗から学んだこと:素直に言います、最初はたくさん失敗しました
同じ木でも、環境が違えば全く別の反応をする
独立してすぐの頃、私が最初に気づいた重要なことがあります。それは「同じ木でも、環境によって全く違う反応をする」ということです。
例えばモミジ類は「こう剪定すれば大丈夫」という一般的な知識があります。しかしお客様が住んでいる土地の環境・植えている土壌環境によって、生育状況や枝葉の伸び方が全然違うことがあります。
同じように手入れをしてしまうと失敗することがあります。枯れることはなくとも、木がふてくされて暴れだすことはあります。
「木がふてくされる」という表現は比喩的ですが、これは本当のことです。植物は環境に対してとても敏感で、適切でない剪定を受けると、急に徒長枝(必要以上に伸びた枝)が出てきたり、逆に全く伸びなくなったりします。これが「木が暴れる」「ふてくされる」状態です。
新しいお宅では「1年様子を見る」が鉄則になった
この失敗の経験から、今では初めて入るお宅では、1年くらいは様子を見るためやさしく手をかけてやり、数年かけて徐々に手の入れ方を工夫して作業するようにしています。
人間の体と同じで、初めて会う医者に「では今日から大手術しましょう」と言われても怖いですよね。木も同じで、初年度はやさしく接して木の反応を見ながら、少しずつ信頼関係を築くイメージで作業しています。
「お客様の希望」と「木の健康」のバランスを取る難しさ
お客様によってはスッキリしたいという方もいます。そういう希望は当然で、庭をきれいに見せたいという気持ちはよく理解できます。
しかしお客様がスッキリしたいと言っているからといって、木の状態を無視して深く切ることが正解とは限りません。
今では、お客様にスッキリさせることを希望された場合は、「大きく切ると翌年に枝が暴れることがあります」と必ず事前に説明してから作業しています。
なぜそうするかというと、シンプルで「後でクレームを言われないようにするため」というのが正直なところです。剪定した直後は気持ちよくなっても、数か月後に「なんかおかしくなった」と言われては困ります。だから事前の説明と同意が大切なのです。
これはプロとしての責任感から来ていますが、同時に「木のことをお客様にも理解してもらいたい」という気持ちも含まれています。
なぜ「松の専門」に絞ったのか
松という木の魅力に気づいた瞬間
庭師として様々な庭木と向き合ってきた中で、いつからか「松」という木に特別な思いを持つようになりました。
松の手入れは楽しいですし、やりがいがあります。手をかければかけるほど、それに答えてくれるのです。
これはどういう意味かというと、松は毎年みどり摘みともみあげを繰り返すことで、年々美しい樹形に近づいていきます。一年一年の積み重ねが樹形に現れる、長期的なコミットメントが結果として見える仕事です。
短期間で大きな変化を生むのではなく、長い時間をかけて少しずつ育て上げていくこの感覚が、私の性格に合っているのだと思います。
松は「管理しないと急速に弱る」という厳しさも好きです
松は手をかければ答えてくれる一方で、管理を怠ると急速に弱るという厳しさも持っています。
「5年以上管理されていない松はただの雑木」これは私の持論ですが、それだけ松は継続的な管理が必要な木です。
この「管理なしでは維持できない」という特性は、庭師が必要とされる理由でもあります。松の専門家として、地域の松を守り続けることに意義を感じています。
松くい虫の問題が一関地域で深刻化している
専門家として松に絞った背景には、地域の問題も関係しています。
温暖化の影響で松くい虫(マツ材線虫病)の被害が北上してきており、一関地域でも異常に増えています。
一度感染したら回復できず必ず枯れてしまうこの病気から、地域の松を守るために何ができるかを常に考えています。定期的な管理で松の樹勢を保つことが、松くい虫感染リスクを下げる最大の予防になります。
地元の松を守ることへの使命感、これが松の専門家として活動し続ける大きな原動力のひとつです。
岩手県指定天然記念物の笠松の治療という特別な経験
私の松への関わりの中で、特に記憶に残っているのが岩手県指定天然記念物「薄衣の笠松2号木・3号木」の治療です。
600年もの歴史を持つこの巨松の治療を、一関市教育委員会と笠松保存会から委託いただきました。枯れ枝・腐朽部の除去・地衣類除去・土壌改良・支柱の応急処置など、2本の治療で合計30人工(1人で30日分)という大規模な作業でした。
この経験は、松という木への理解と愛情をさらに深めてくれた特別な仕事です。
仕事への姿勢:一関地域の松を守り続けるために
「庭師さんが高齢で来られなくなった」という依頼が増えている
最近の依頼で特に多いのが、「長年お願いしていた庭師さんが高齢で来られなくなった」というケースです。
岩手県一関市のような地方では、地域の造園・植木職人の高齢化が進んでいます。後継者がおらず引退する庭師も増えており、「次に頼む人が見つからない」という方が年々増えています。
こういった方からのご依頼は、可能な限りお引き受けするようにしています。「頼める人がいなくて困っている」という方の松を守ることが、地域への貢献だと考えているからです。
「手遅れになる前に相談してほしい」という想い
老木の松の異変に気づいた時には、すでに衰弱が進んでいて手の施しようがなくなっているケースが非常に多いのが現実です。
「松の状態がおかしい」とご相談いただいても、手遅れになっているケースが多いのです。だから「そうなる前の早めの手入れ」を強くおすすめしています。
松の手入れは、症状が出てから対処するものではなく、症状が出る前に維持管理するものです。人間の健康診断と同じで、定期的なメンテナンスが最善の対策です。
1本の松と真剣に向き合う仕事スタイル
私は1人で気楽に仕事をしています。大きな会社ではないので、大量にこなすより1本の松と真剣に向き合うことを大切にしています。
大型の松は1本に2~3日かけることもあります。樹形の骨格を見ながら「どの枝を残してどの枝を取るか」を一本一本考えながら作業します。
急ぐ仕事より、丁寧な仕事を、というのが25年変わらないスタイルです。
作業実例:私が手がけた松の仕事
個人宅の庭の松(赤松・黒松)



個人宅の庭の赤松・黒松の定期管理が最も多い依頼です。透かし剪定ともみあげを丁寧に行い、「空が見えるくらい透けている」仕上がりを目指しています。
天然記念物・歴史ある松の治療


岩手県指定天然記念物・薄衣の笠松2号木・3号木の治療を行いました。外科治療(枯れ枝除去・腐朽部処理・殺菌殺虫・土壌改良)まで含む大規模な作業でした。この経験が、松の治療に関する私の技術・知識をさらに深めてくれました。
私がこれからも続けたいこと
松の作業は私にとって「生きがい」のひとつ
58歳になった今も、松の剪定作業は楽しいです。一本の松と向き合い、枝の骨格を見極め、内部に光と風が通る状態を作っていく、この作業の達成感は25年経っても変わりません。
「手をかければかけるほど、それに答えてくれる」という松との関係は、私にとって庭師としての誇りであり、この仕事を続ける原動力です。
地域の松を守り続けることへの責任感
松くい虫の北上・庭師の高齢化・後継者不足:一関地域の松を取り巻く環境は厳しくなっています。
だからこそ、地元で松の専門家として活動し続けることには意義があると感じています。「困っている方の松を守る」ために、この先も仕事を続けていきたいと思っています。
ゼロから始めたからこそ伝えられること
私は全くゼロから庭師の道に入りました。測量の仕事をしていた私が、30代半ばで造園会社に転職してゼロから技術を身につけ、今は松の専門家として活動しています。
この経験から言えることがひとつあります。「松の手入れに詳しくない」ことは恥ずかしくないということです。誰でも最初は全く知識がありません。だから「わからないから聞く」ことは、むしろ賢明な判断です。
「松のことでよくわからないことがある」「相談してもいいものかわからない」と思っている方も、気軽にご相談いただければと思います。知識ゼロからスタートした私だからこそ、初歩的な疑問にも丁寧にお答えします。
まとめ:「ゼロから始めた松の専門家」が一関地域の松を守ります
私のプロフィールをここまで読んでいただきありがとうございます。
測量会社から転身してゼロから庭師になり、25年近い経験と多くの失敗から学んで、今は岩手県一関市を中心に松の専門家として活動しています。
格好いい経歴はないかもしれませんが、一本一本の松と真剣に向き合い続けてきた25年間の積み重ねが、私の一番の強みです。
松の手入れでお困りのことがあれば、まずお気軽にご相談ください。